或る超人の独白

 私は、「ゴールド一族」の許に生まれた。
 ゴールド一族とは、「鉱物」と「光」の特性を持つ種族だ。
 中でも「金」の性質は、一族の頂点と位置づけられていた。
 その性質を有する私は、生まれながらに王たる資格を持つ特別な存在だった。
 体を自在に、あらゆる鉱物と同等の硬度に変化させる事ができる。
 特に前腕部の硬質化は特別な意味を持ち、剣の形状に変形させ、切れ味鋭い刃(やいば)とする事もできた。

 また、全身、特に頭部からは特殊な「光」を発生させ、時に物質を変形・破壊・復元する事もできた。
 「金」の性質である私は、ゴールド一族のこれ等能力を全て持って生まれ、「神に最も近い存在」とすら言われた。

 「銀」の性質を持って生まれた弟は、私と同等の力を有した存在だった。
 ただし、その個性は私と大きく異なる。
 「光」は破壊よりも創造、とりわけ生命に対する癒しの能力は私よりも高かった。
 また、前腕部の硬質化で、私同様「剣」を作る事ができたが、彼の場合はそれを体内に収納し、「楯」としての使い方を好んだ。

 ゴールド一族としての特性そのものは「金」の性質を持って生まれた私より一枚劣るが、類い稀なる防御センス、他者を思いやる心と繊細な共感能力は、私を上回っている。

 一族の長老達は、私の「特性」だけを見て「100年ぶりの『真の王』誕生」だの騒いでいたが、真の「王」たる資質とは、弟の様な存在の事を言うのだ。


 しかし、そんな事は関係が無くなった。
 神の放った殺戮光線が、我々兄弟を除いた全てのゴールド一族を滅ぼしたのだ。

 その日から、我々の命を救った男と、超人の理想郷を築くべく新たな日々が始まった。
 しかしそれも、終わりを迎える日が来た。
 我々が「下等」と見なしてきた超人の中にこそある、新たな可能性に私は気付いてしまったのだ。
 「感情」。
 我々が失って久しい「感情」というものに、超人全体を救いうる鍵があると感じたのだ。

 しかし、それは誰の同意も得られなかった。
 我々を救ってくれたあの男にも、弟にさえも。
 そこから、私の計画が始まった。
 数億年を見据えた、遠大な計画だ。

 先ず、私は私を救い育んでくれた仲間の許を去らねばならない。
 そして、「下等」と呼ばれた超人達が持つ「感情」エネルギーの、未知なる可能性に手を付ける。
 しかし、問題もある。
 「感情」のエネルギーは強大かつ可能性の宝庫ではあるが、その作用は正にばかり働くとは限らないのだ。
 実際、超人とは基本的に残忍で野蛮な性質を有した種族だ。
 「感情」は、その残虐性や憎悪を容易に増幅させる。
 故に、神から見放され、絶滅の危機に瀕したのだ。

 しかし、そのエネルギーを「正」の方向に正しく転用する事ができたなら。
 完璧超人、それどころか「神」すらも超えうる可能性を秘めているのではないだろうか。

 私は、その可能性に賭けたいのだ。
 しかし、その作業は困難を極める。
 そもそも、あらゆる生物は「正義」も「悪」も、必ず身のうちに有している。
 自覚が無い者が多いが、それは我々完璧超人達も変わらない。(その「自覚の無さ」が、いずれ我々の首を締める事になるだろう。)

 神に、そして今やあの男にすらも見放された超人達は、「悪」の性質、つまり残虐性や凶暴性がほんの少しばかり突出しただけの事なのだ。
 その野性的なエネルギーをそのままに、「指向性」のみを「正」の方向に誘導する。

 しかし、問題がある。
 豊かな野性味を有しながら、凶暴性や残忍さ、つまり「悪」の性質が超人達の中でも、特別に際立った存在。
 そういった者達の「扱い」だ。

 本来ならば、神々やあの男に、真っ先に粛清対象とされるべき存在である。
 しかし私は、彼等の様な者達を、いや、彼等の様な者達こそを救いたい。
 「はぐれ者」達にも生命を燃やし尽くす場所を、彼等の生き場を与えてやりたいのだ。
 それが出来ずして、何が「神」だ。「神の使徒」だ!

 しかし、私単独でその作業を完遂するには限界がある。
 どうしても「協力者」が要る。
 私は私の計画を、ここから手を付ける事にした。


 協力者は、「弟」が望ましい。
 しかし、一筋縄ではいかない。
 持って生まれた「誠実さ」故に潔癖とさえ言える性質を持つ弟は、私の仮説に対しても理解を示そうとはしなかった。
 あの男に対する恩と忠誠心が、それを更に頑なにしている。

 なので私は、まずは「行動」と「結果」で示す事にした。
 「下等超人」と呼ばれている者達をまとめあげ、鍛え、教育する。
 実力を底上げし、先ずは「結果」として分かり易くその可能性を見える形にするのだ。
 そして敢えて、理想よりも「ずらした」手段を取る。
 本来あるべき形よりも、早急に、苛烈にそれを行うのだ。

 弟はそれを見て、何も思わずにいられるだろうか。
 そんなはずがない。
 彼の「高潔さ」が、「理想」が、激しく刺激されるはずである。
 「可能性はある。しかし、もう少し違ったやり方もあるのではないか?」と。

 そうなったら、奴は必ず動き出す。
 高潔だが頑なな弟の「固定観念」に、ヒビが入る時が来るはずだ。
 その時、初めて「説得」が意味を持ち始める。

 「機」が訪れるのは、そう遠くなかった。
 あの男が、スパイとして弟をこちらに送り込んで来たのだ。
 私はこれを「好機」ととらえ、逆に活用する事にした。
 時間は、さほどかからなかった。
 身近で接する事になった「下等超人」の中に、弟もまた新たな可能性を見いだし始めたのだ。

 そこで私は、計画を「次の段階」に進める事にした。
 「はぐれ者」達の扱いだ。
 奴等は、一筋縄では行かない。
 いかに「正義」や「正しさ」を説いた所で、どうしても届かない連中が、必ず一定数生まれ続けるのだ。
 彼等をまとめ上げるには、彼等に適合した、強烈な「秩序」が要る。
 それは、「力」と「カリスマ」である。
 彼等にとっての神であり法は、「モラル」でも「正しさ」でもない。
 「力」であり、圧倒的にそれを有した者である。
 先ずは「力」の体現者である者が「カリスマ」として、彼等を心から従わせねばならない。

 その役割は、弟にはできない。
 清らかで高潔な魂を持った弟が、「悪の理」を理解するのには時間がかかる。
 その代わり、多くの超人達の中に隠れた「正」の性質を見いだし、育む指導者には彼が適任であろう。

 「はぐれ者のカリスマ」の役割は、私が担う。
 野放しにしていたら、いたずらに世を乱し、「排除」の対象としかならない、悲しき運命を背負った彼等の「生き場」を、私が作ろう。

 彼等の「悪」の性質を受け入れつつ、その影響が一定範囲に納まるよう、適切に誘導するのだ。

 そこで、私は厳格なルールを設定する事にした。
 どんなに残酷でも、卑劣でもいい。ただし、以下の原則だけは遵守する。

 一つ、闘いは定められた場と時刻の範囲内において行う事。
 一つ、人間や戦士以外の超人には手を出さない事。


 抑え切れない彼等の性質を
認めつつも、それを解放するステージだけは、「リングの上」に限定するのだ。
 それが彼等以外の者だけでなく、彼等自身をも救う事になるだろう。

 また、弟が率いる「正」の軍団と、私の率いる「悪」の軍団には対立構造が生まれ、互いに研鑽が不可欠となる。
 それが、「下等超人」全体の進化を劇的に早めるはずだ。
 その中で、「はぐれ者集団」独自の「団結」も芽生えよう。
 また、「力」の秩序のもとに集結した彼等が、弟の育て上げた「正」の軍団が有する「力」に触れそれを認めた時、相手に対する「敬意の心」を知る事にもなろう。

 「団結」と「敬意の心」。それは「友情」に他ならない。
 彼等は戦いと自らの経験を通し、忌み嫌っていた「友情」を、遠回りの末、知る事になるはずである。

 その時、「カリスマ」は役割を終える。
 私はその時を心待ちにしながら、この難事業を始める。


 心優しい弟は、私だけにこの「役割」を背負わせようとはしまい。
 ゆえに、「計画」の全貌までは、弟にも暫く明かさない事とする。
 「種」の進化には、「悪役」と「天敵」が、どうしても必要なのだ。

 また、我が軍団は、「あの男」が作り出したシステムをモデルとする。
 あの男の本拠地とよく似た「魔界」という地を設定し、あの男の姿をどこか誇張したような「醜さ」を、鏡写しの様に見せつける。

 それが少しでも、「あの男」と、同じ地に留まる「仲間」達の「気付き」を促してくれる事を祈りながら。


 しかし、その日は来なかった。
 順調に成長を遂げた弟の軍団と、我が軍団を危険視したあの男が、両軍の殲滅を計画し始めたのである。
 切っ掛けは、私の後継者の一人でもある「アスラ一族」の者が、完璧超人「ミロスマン」を倒した事だった。
 奴はそれに激怒し、完璧超人軍の大規模な出撃を命じた。

 一時的に弟と手を組み、迎え撃つ事はできる。
 しかし、我々の後継者達は、まだ成熟し切ってはいない。
 仮に撃退する事が出来ても、その被害は甚大になる。
 両軍含めて、壊滅的な状況を招く事になるだろう。

 そこで我々は、あの男に取り引きを持ち掛けた。
 結果、完璧超人軍が今回の矛を納めるために出した条件は、我ら兄弟が「互いに殺し合う」事だった。
 我々は、その条件を飲む事にした。
 しかし、みすみすあの男の思い通りになる訳にはいかない。
 前夜、私は弟に計画の全貌を打ち明け、決戦に向け一計を案じる事にした。
 一つの「仕掛け」を施す事にしたのだ。
 我々の全ての超人パワーを頭部に集中させ、互いの首を斬り合う。

 仮死状態となったその首を、裁きの者に託し、弟の子孫の許へと届けさせる。


 暫くの間、我々の行動は制限されるが、「物言わぬマスク」として、有形無形で互いの後継者達をサポートする。
 変質したとはいえ、「ルール」や「約束事」には厳格なあの男の事だ。
 確かに「約束」を守った我らに対し、暫くは手を出せまい。

 私は暫く精神体「サタン」という姿で、主な活動を遂行する。
 使用エネルギーを抑えつつ、目立った行動を見せぬ為に、「実体化」は魔界内の最小限の機会に留める。

 私が、表立って「実体化」する時。
 その時は「私を倒し得る下等超人」が現れた時だ。
 その日にこそ、私は「乗り越えるべき悪の壁」として、超人達の前に立ちはだかろう。


 弟は、「もう一つの可能性」にも目を付けていた。
 それは、「人間」である。
 ある時期から我々の本拠地である地球に繁栄し始めたこの種族は、超人達にとっては取るに足らない「か弱き存在」であった。
 独特の残酷さと愚かさを有していながらも、超人よりも唯一優れている点があった。
 人間の、それも一部の者達の中に存在する優しさ、「慈悲の心」だ。
 特定の人間の中に存在するこの「慈悲の心」は、かつて神の座を放棄して我々を救ってくれた頃の「あの男」に匹敵する。
 弟は「人間」のこの性質に着目し、自らとの混血を試みたのだ。
 体のサイズも、超人強度も低下するかも知れない。
 しかし、人間の有する「慈悲の心」と、超人の「感情の力」が合わさった時の可能性に、弟は「未来」を感じたのだ。
 予想通り我々ゴールド一族よりも体が小さく、力の弱い子供が生まれた。
 身体的特徴も、人間に近い。
 しかし、予想外の事が起こった。
 人間との混血により、ゴールド一族の持つ「光の性質」のみが、大幅に増幅したのだ。
 第一子が生まれた瞬間、人間の外見的特徴がよく現れた頭部から、まばゆい光を放ち始めた。
 「光」は無作為に周囲の生物及び物体の破壊・修復・溶解・再生を行い、場は混乱を極めた。
 弟の手によりその場は収まったが、続いた第二子にも同じ現象は表れた。

 子供たちは年齢を重ねるごとに制御法を拾得して行ったが、その「力」は未だ不安定でありながら、衰える事は無かった。
 生物を自由自在にこの世から消滅させ、易々と再生する事ができるのだ。
 「無敵」といっていい、力だった。
 弟はこれを、危険視した。
 精神と体の研鑽無く、生命を思い通りに出来てしまう力。
 それは、あのマグネット・パワーを易々と凌駕する。
 その、危険度も。
 人間との混血により簡単に生まれてしまう、「100年に一人」と言われたゴールド一族「金」が持つ「光」の性質。
 しかも、その最上級であるにもかかわらず、制御が不安定なこの性質を、弟は「封印」する事とした。

 誕生直後から、ゴールド一族の外見的特徴を有した、特殊素材のマスクを被せるのだ。
 そして、一族には一つの「掟」を課した。

 「素顔を見せたら、死を」

 この掟を子々孫々に繋ぐ事により、一族における「光の力」の濫用および暴走を封じる。
 こんな「力」に溺れることなく、精神と肉体の修養によって、魂の本質的な成長を遂げてほしい、という思いを込めて。

 弟は自らの子孫達を、「ゴールド一族」の象徴である「金」と、「血の通った人間」を意味する「肉」という二つの文字を合わせ、「金肉一族」(キン肉一族)と名付けた。

 この一族は、本拠地を地球から、廃墟となっていたゴールド星の跡地に移し、繁栄を築く事になる。
 もしかすると、弟の子孫の誰かが、私を倒す日が来るかも知れない。


 私はその日を、心から楽しみにしている。


 「或る超人の独白」・完